一之宮貫前神社

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更新日:
 2013年7月23日



◎一之宮貫前神社(2013年7月)
 一之宮貫前神社(いちのみや ぬきさきじんじゃ)は、群馬県富岡市一ノ宮に鎮座する1400年の歴史を持つお社で、旧社格は国幣中社です。現在の社名「一之宮貫前神社」は、旧社格廃止に伴って改称したものであり、六国史をはじめとする古書には、「抜鉾神社(ぬきほこじんじゃ)」と「貫前神社(ぬきさきじんじゃ)」の2つの名で記されているそうです。(これが2つの神社を示しているのか、1つの神社を2つの名前で呼んでいたのかについては、諸説があるようです。)
 千年余を経た古木に包まれ、あたりは荘厳な空気が漂います。参道を下った低地に社殿がある全国的に珍しい構造で、本殿・拝殿・楼門は寛永12年(1635年)3代将軍、徳川家光の再建です。さらに、5代将軍、綱吉による大がかりな修理を経て今日に至ります。本殿・拝殿・楼門は国指定の重要文化財となっています。
 神社は、小高い丘陵を登り、見上げるような丹塗の大鳥居をくぐり、北斜面の下り参道をおりて参詣するという全国でも珍らしい形態です。正面参道からいったん石段を上がり、総門を潜ったところから石段を下ると社殿があるという、いわゆる「下り宮」と呼ばれる配置で、非常に珍しい形態です。総漆塗極彩色の社殿が鬱蒼と繁った杜に囲まれ、巧に配置散在する様は、恰も日光の東照宮を見るような華かなもので、小日光と呼ばれているそうです。
 御祭神は、武神である「経津主神(ふつぬしのかみ)」と農耕と機織の神である「比売大神、姫大神(ひめおおかみ)」が祀られています。
 社伝によると、創建は安閑天皇元年(531年)3月15日、鷺宮(さぎのみや:現在の安中市の咲前神社)に物部姓磯部氏が氏神である経津主神を祀り、荒船山に発する鏑川の流域で鷺宮の南方に位置する蓬ヶ丘綾女谷に社を定めたのが始まりといわれています。
 その後、天武天皇2年(私年号では白鳳2年、673年)3月15日に最初の奉幣が行われました。奉幣とは、天皇の命によって神社に幣帛を奉ることで、当時遠く奈良の都にまで貫前神社の存在が知られていたことが分かります。
 清和天皇の貞観元年(859年)に宸筆の額を賜り、神位の昇る毎に書き改めて、今に残っているものに正一位勲五等抜鉾神社とあり、即ち勅額で楽翁公の集古十種に記されているそうです。
 醍醐天皇の時代(在位、寛平9年7月13日(897年8月14日)〜 延長8年9月22日(930年10月16日))に編纂が始まった『延喜式』のなかの『神名帳』にも「名神大社」として記載され、上野国一之宮として朝野を問わず、崇敬をあつめてきました。
 一方、室町時代成立の『神道集』には、安閑天皇2年(532年)3月中頃に抜鉾大明神が笹岡山に鉾を逆さに立てて御座、白鳳6年(677年)3月に菖蒲谷に社壇が建立されたと記載されているそうです。
 武家時代には武家、地方豪族が格別に崇拝して数々の献品をなし、奥方連中からも奉納品等があり、女神様の信仰も篤かったようです。
 明治4年、国幣中社に列格、昭和21年、社格制度の廃止によって一之宮貫前神社と称し、現在に至っています。この間、御修理に御下賜金、皇族方の御寄進、あるいは御親拝(皇族方の御参拝)等、御神威彌彌高く、農耕、殖産、開運の神として、神徳四方に遍く一朝国家有事の際は賽者踵を接してきたそうです。
 「一番はじめは一ノ宮」と古くからわらべ歌にうたわれている通り、一之宮貫前神社は上野国の一宮で、経津主神と姫大神を祀り、開運、治安、農耕、機織、縁結び、安産の神として県内はもとより、遠近の人々に信仰され親しまれています。
 現在の社殿は3代将軍、徳川家光公の命によって改築されたもので、寛永12年(1635年)の造営です。
 その後、元祿11年(1698年)に5代将軍、綱吉が大修理をしており、江戸初期の総漆塗精巧華麗な建造物というだけでなく、その構造が、いわゆる貫前造と称する特異な点から重要文化財(旧国宝)に指定されています。
 拝殿、楼門及び東西両廻廊は同時代の建築であり、徳川家の抱え大工が日光廟という世界的美術建造物を完成する道程の中にあるものといえそうです。
 境内は約2万6千坪、北斜面の森林で、本殿裏に樹令約1200年の杉の御神木があり、一名藤太杉とも云う、その昔、藤原秀郷(俵藤太秀郷)が戦勝祈願をこめて年令の数、即ち36本を植えたと称するもので、現在はこの御神木1本だけが残っています。
 西の門内は式年遷宮祭の御仮殿敷地、東の門内は往時神仏習合時代の僧堂敷地で、観音堂跡、三重塔跡、鐘楼跡等があります。不明門内にある鳥居は勅額鳥居と称え、昔は遥か南方正面田島字鳥居の地にあったと伝えられているそうです。

住所:群馬県富岡市一ノ宮1535
電話:0274-62-2009
アクセス:上信越自動車道、富岡ICより車で約20分、下仁田ICより車で約20分。











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