天丼のお話

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更新日:
 2013年9月2日






◎天丼
 どんぶりの元祖と言われる鰻丼が登場したのは、江戸時代の文化年間(1804年~1818年)頃とする説が一般的だそうです。当時、鰻屋も屋台が中心でしたが、天ぷら屋も同じく、屋台が中心でした。このため、同じように天ぷらを丼飯に乗せて売り出す店ができたとしても不思議ではありません。
 ただ、正式に天丼が売られていたことが分かっているのは、明治時代だそうです。しかし、天丼の発祥には、いくつかの説があるようですが、東京生まれと言うことは間違いないようです。
 1832年(天保3年)創業の「橋善」(すでに廃業しているようです)、創業1837年(天保8年)の東京、浅草雷門「三定(さんさだ)」など、江戸末期に創業している古いお店が発祥として言われているようです。
 しかしながら、天丼が生まれたのは明治時代になってからという説が有力で、1870年(明治3年)に浅草公会堂前に店を構えた中清(なかせい)を天丼発祥とする説もあるようです。
 また、前垣和義氏の「どっちがうまい!?東京と大阪・「味」のなるほど比較事典(PHP文庫、2002年)」には、「天丼は、明治十年(1877年)頃、東京神田鍛冶屋町の「仲野」の主人が考案」と記載されています。
 また、一説には、天丼は、これらのテンプラ屋さんではなく、蕎麦屋が考案したという説もあるようです。1887年(明治20年)に浅草、伝法院通りに、そば屋を開業した大黒家天麩羅のHPでの説明では、伝法院通りは人通りが多く、賑やかで繁盛していたものの、忙しい割には儲からなかったそうです。しかし、天ぷらそばが売れた日は売り上げが上がることに気づき、そば屋から天ぷら屋に変えたそうです。蕎麦屋が天麩羅も扱い、また御飯も出すようになったとしても不思議はありません。
 1887年(明治20年)には天丼は3銭だったという記録があるそうです。このことから、明治20年よりも前に、天丼が一般的な料理の1つとして広く認められていたことが分かります。天丼を生み出したのがどこの誰かは分かりませんが、誰が思いついてもおかしくない料理です。










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