明太子のお話

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更新日:
 2013年9月2日






◎明太子、辛子明太子
 明太子(めんたいこ)とは、産卵前のスケトウダラの腹からとれた卵巣(タラコ)を塩漬けにして唐辛子を基本にした調味液で味付けして熟成させた食べ物です。「ふくや」の川原俊夫氏が1949年(昭和24年)1月10日に「明太子」と名付けて、製造販売したのが、日本で最初と言われています。
 これ以前でもタラコは、日本国内でも海外でも食べられていたようです。1903年頃から北海道においてスケトウダラ漁が本格化して、スケトウダラの卵の塩漬け(たらこ)が盛んに食べられていました。1910年から1921年にかけて、スケトウダラの卵巣に食塩と食紅を添加した「紅葉子」が開発され、樽詰めにして北海道各地、山形、新潟、東京、名古屋、大阪、下関等に出荷されていました。
 福岡でもタラコの塩漬けを「たいのまこ」と呼んで食べていたそうです。川原氏が「明太子」を売り出す際、当初、「たいのまこ」として販売しようと考えたこともあったようですが、思案の結果、「明太子」として売り出したそうです。
 この明太子の語源は、韓国にあるようです。韓国では、スケトウダラを「明太(명태:みょんて)」と呼びます。これは、朝鮮の明川(みょんちょん)という所に住む太(テ)さんが「スケトウダラ」を初めて釣ったため、朝鮮半島ではスケトウダラを「明太(ミョンテ)」と呼ぶようになったのだそうです。
 「朝鮮の食べもの(鄭大声著、築地書館、1984)」という本では、「17世紀半ばの李朝時代に観察使として赴任した閔(ミン)という人がこの魚を食べ、その名を地元民に聞いたが、誰も知らなかったため、明川(ミョンチョン)郡の「明」と、魚をとった漁師の名前「太」をとって「明太」と名付けた。」と記載されています。上記の話が、広く知られていたことが分かります。
 戦前、朝鮮半島や中国に住む日本人の間ではスケトウダラも、味つけされたタラコも「メンタイ」と呼んでいたそうです。当時の朝鮮の漁師たちは、スケトウダラが捕れると魚自体よりも美味しいという事で、その卵を取り出して塩辛などを作って食べていたそうです。
 幼年時代を韓国の釜山で過ごした川原氏は、韓国でスケトウダラや、唐辛子やニンニクで漬け込んだキムチのように味つけされたタラコを食べていたようです。川原氏は、明太子を売り出す際、「明太(スケトウダラ)」の子(卵)ということから「明太子」と名付けたそうです。
 空襲で焼け野原となっていた福岡県の中州に引揚者25所帯で市場を作り、「ふくや」という食料品店を始めたのが1948年(昭和23年)10月5日でした。この3ヶ月後に明太子の製造、販売を始めましたが、当時の明太子はまずい上に値段が高く、あまり売れなかったようです。当時、サンマ一尾が10円であったのに、明太子は一腹120円もしたそうです。
 「ふくや」は明太子以外の食品で儲けていたため、この店独自の商品を作りたいという川原氏の思いを遂げることができたそうです。試行錯誤をしながら改良を加え、現在の調味料に漬け込む辛子明太子の製法にたどりつき、美味しい「明太子」が完成するには、10年以上の歳月がかかりました。1960年に改良された辛子明太子が「味の明太子」の名前で発売され、そのレシピを無料で配布することによって博多中に「明太子」が広まっていったようです。
 現在では、「辛子明太子」、「明太子」なる商品名で売られることが多いようですが、どちらも同じように唐辛子などで味付けされています。ちなみに、「全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会」の規約では、「辛子めんたいこ」を「すけとうだらの卵巣に唐辛子を主原料とする調味液等で味付けしたもの」と定義しています。
 「明太子」の原料となるのは、タラ科の魚「スケトウダラ」の卵巣です。スケトウダラは全長60~70cmほどの細長い形をした魚で、北海道近海などの日本海や太平洋の北部、ベーリング海からアラスカ湾までの北海に生息しています。例年、2月~4月頃の日本海近海、または12月~2月頃の朝鮮近海で産卵します。卵巣は2本が一対の状態で繋がっており、対単位で一腹(ひとはら)、ニ腹(ふたはら)と数えます。
 1尾の卵巣には約20万~150万粒の魚卵が詰まっています。 一般に魚卵は栄養豊富とされていますが、すけとうだらの卵巣も例外ではなく、ビタミンB1、B2、Eが豊富に含まれています。また、エネルギーは100g当たり126キロカロリー(五訂増補日本食品標準成分表より)です。





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