から揚げのお話

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更新日:
 2012年12月23日






◎から揚げ、空揚げ、唐揚げ
 「からあげ」には、「から揚げ」、「空揚げ」、「唐揚げ」の3つの表記方法があります。これらの違いは何でしょうか。
 日本の公共放送である日本放送協会(NHK)のNHK放送文化研究所では、Web Siteにて以下のように説明しています。(2010年4月1日、メディア研究部、塩田雄大氏の解説)

Q. NHKでは、料理の「からあげ」は、字幕スーパーでは「から揚げ」か「空揚げ」と書くことにしています。なぜ「唐揚げ」と書いてはいけないのでしょうか。

A. この食べものが、中国の「唐の国」とは直接の関係がないから、というのが理由です。しかし、現代の実態としては一般に「唐揚げ」と書かれることが大変、多く、この基準もそろそろ見直さなければならないかもしれません。

解説:
 まず漢字表記に限って言うと、日本の史料には「空揚(げ)」よりも「唐揚(げ)」のほうが先に出現していると言われています(「日本料理由来事典」、1990年8月、同朋舎出版)。江戸時代に「普茶料理」(精進料理の一種)というものが中国から伝えられましたが、この当時、日本で出された料理書には「唐揚」というものが見られるそうです。ただし、これは「豆腐を小さく切り、油で揚げ、さらに醤油と酒で煮た料理」で、この食べものが、現代の「からあげ」と直接の関係があるのかどうか、よくわかりません。
 その後、明治以降になると、「虚揚」や「空揚」といった漢字表記の料理名(魚や肉を揚げたもの)が見られるようになります。これは、てんぷらなどとは違って衣を付けずに(あるいは食材から出る水分をおさえる程度の片栗粉などをまぶして)揚げたもので、「衣が『空(から)』」だからこのように書かれたのでしょう。この調理法は、現代の「からあげ」に通じます。
 戦後のテレビ放送では、最初は「から揚げ」という書き方のみを認めていました。その後1973年に国で漢字の読み方を示したルールが新たに改定され(「当用漢字音訓表」)、そこで「空」という漢字を「そら」だけでなく「から」と読んでもよいことになった結果、「空揚げ」という書き方も認められるようになったのです。

 一方、2008年10月に設立された日本唐揚協会では、以下のように説明しています。(2010年12月に一般社団法人日本唐揚協会に名称変更しています。)(2010年10月25日、Web siteより)

 「唐揚げ(から揚げ、空揚げ)」とは、揚げ油を使用した調理方法、またその調理された料理である、と定義しています。すなわち、食材に小麦粉や片栗粉などを薄くまぶして油で揚げた料理です。一般的に唐揚げの具材として鶏肉をイメージする人が多いと思いますが、 決して鶏肉に限定しているわけではありません。魚の唐揚げも、野菜の唐揚げも、鶏以外の肉の唐揚げも、すべて唐揚げです。
 日本唐揚協会では、「からあげ」のことを「唐揚げ」と表記しています。唐揚げの歴史的な観点から考えても、普茶料理として日本へ渡って来て以来、その後、名前を変えずに日本独自の食文化として発展してきている経緯を考えても「唐揚げ」と表記するべきと、日本唐揚協会は考えております(「日本料理由来事典」、1990年8月、同朋舎出版)。
 江戸時代初期に中国から伝来した普茶料理では「唐揚げ」と書いて「からあげ」または「とうあげ」と読みました(「日本料理由来事典」、1990年8月、同朋舎出版)。しかし、普茶料理でいう「唐揚げ」は現在の唐揚げとは違うもので、「豆腐を小さく切り、油で揚げ、さらに醤油と酒で煮たもの」と紹介されています(「普茶料理抄」、1772年)。現代の唐揚げに近い、魚介類や野菜類を素揚げにしたり、小麦粉をまぶして揚げたりする料理法は、「煎出(いりだし)」とか「衣かけ」と呼んでいたようです(江戸時代初期の料理書「素人包丁」、1803年)。
 現代の「唐揚げ」が外食メニューに登場したのは昭和7年ごろ、現在の(株)三笠会館(東京、銀座五丁目)の前身「食堂・三笠」でのことです。三笠会館は大正14年創業で、当時は東京・京橋木挽町に「かき氷屋・三笠」を開店しました。その後、店はカレーやサンドイッチなども扱う「食堂・三笠」となり、昭和2年には歌舞伎座の前の三原橋側に移転、昭和7年には銀座一丁目に鶏料理専門の支店を開業するまでとなりました。ところが支店は営業不振となりその赤字は本店にも打撃を与えるほど大きくなっていき、当時の料理長がこの営業不振をなんとかしようと知恵を絞り、打開策として考案したメニューが「若鶏の唐揚げ」でした。 唐揚げの外食メニューの登場です。

 唐揚げは日本独特のもので、戦後食料難に備え養鶏場を多く作るという国の政策の下、美味しい食べ方が色々な形で発展していき、唐揚げも多く食べられるようになりました。唐揚げが食卓に多く見られるようになったのは、ここ30~40年のことです。その中でも多くの養鶏場があった大分県北部(中津市・宇佐市など)では、特に唐揚げを愛する文化が根付き、大分県中津市は市内に60店以上の唐揚げ専門店が並び、鶏の唐揚げの「聖地」として全国の唐揚げファンから支持されています。
 また、昭和30年代、宇佐市「来々軒」から唐揚げの作り方を受け継いだ唐揚げ専門店「庄助」は、日本で初めて唐揚げ専門店として店舗展開し、宇佐市は「唐揚げ専門店発祥の地」として中津市と同様に唐揚げファンから支持されています。
 このため日本唐揚協会は、唐揚げの聖地は「大分県中津市」であると認知し、また、唐揚げ専門店発祥の地は「大分県宇佐市」と認知しています。

 なんでもそうですが、日本の食べ物で「トウ」とか「カラ」と付いたものは、原産地がどこであれ、「海外から入ってきた文化」は、割と簡単に「トウ」とか「カラ」をつけていたようです。例えば、「トウモロコシ」は原産は南米でポルトガルとの交易から入ってきたと言われていますが、付いた名前は「トウ」の「モロコシ」で「トウモロコシ」です。中国の唐の時代のイメージが当時の日本人に残っており、「舶来物=唐」というイメージが根付いていたのかもしれません。
 「唐揚げ」の料理法に共通する部分は、材料ではなく、「カラッと揚げて美味しくなる」という点です。そのために必要な材料は油(揚げ油)と衣です。
 衣に使う主な材料は、「小麦粉」と「片栗粉」です。「上新粉」は原材料が米の粉なので、唐揚げに使うとパリッと感が出るため、料亭などで用いられますが、一般的ではありません。ガーリックパウダーを混ぜることもありますが、これも工夫の1つです。

 以上のことから、江戸時代に「唐揚げ」という料理が中国から入ったこと、その「唐揚げ」は現在の「からあげ」とは異なる料理であること、が理解できます。
 その一方、NHK放送文化研究所でも解説していますが、現代においては、「から揚げ」を「唐揚げ」と認識している人々が増えており、「から揚げ」や「空揚げ」は認知度が下がっていることも事実だそうです。まあ、どの表記方法でも気にせず、「食材に薄い衣をつけて、多量の揚げ油で揚げる調理方法、または、その調理法を使用した料理」のことを「から揚げ」、「唐揚げ」、「空揚げ」と呼んで良いものと思います。また、中国に起源がある料理ではなく、日本で生み出された(改良された)料理と認識した方が良いものと思います。







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