アンパンのお話

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更新日:
 2013年9月2日






◎あんぱん
 あんパンは木村屋(現、木村屋總本店)創業者であり、茨城県出身の元士族、木村安兵衛とその次男の木村英三郎が考案し、1874年(明治7年)に銀座の店で売り出したのが最初だそうです。
 木村安兵衛(当時、50歳)は、1869年(明治2年)に日本初のパン屋、「文英堂」を東京、芝日陰町(現在の新橋駅あたり)に開きました。翌1870年(明治3年)には、京橋区尾張町(現在の中央区銀座付近)に移転、屋号を「木村屋」に改称しました。
 当時の日本にはパンに必要なイースト菌がありませんでした。このため、西洋のパンのような美味しさがなかったようです。このため、安兵衛、英三郎親子は、美味しいパンを作る方法に悩んでいたそうです。
 その結果、安兵衛がヒントにしたのが酒饅頭だったそうです。酒饅頭に使われていた酒種をイースト菌の代わりにし、パンの中にあんこを入れて売り出したところ、好評を博したそうです。
 そして、翌1875年(明治8年)4月4日、東京向島の水戸藩下屋敷を行幸された明治天皇に山岡鉄舟が酒種桜あんぱんを献上したそうです。この時、あんぱんのへそには、奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の花びらの塩漬けを埋め込み、季節感をたっぷり盛って焼き上げられたあんぱんでした。
 この桜あんぱんは、明治天皇のお気に召し、また、ことのほか皇后陛下(昭憲皇太后)のお口にもあったそうです。そして「引き続き納めるように」と両陛下のお言葉を頂き、皇室御用達となりました。
 木村安兵衛と山岡鉄舟は、明治維新の前から、剣術を通じて知り合っていたようです。1874年(明治7年)に新しく出来た銀座煉瓦街であんぱん作りに熱中していた木村親子は、完成したアンパンを山岡鉄舟にも食べさせたようです。西洋から入ってきたパンとは異なり、日本にある酒種を使ってパンを作り、その生地であんを包んで焼き上げるという日本の技術が鉄舟の心をとらえたのでしょう。これが、翌年の天皇陛下への献上に繋がったようです。
 現在では色々なアンパンが作られています。中の餡がつぶあん、こしあんの小豆餡という一般的なアンパンのほか、インゲンマメを使った白あんパンや、イモあんパン、栗あんパンなどの豆以外の餡を使ったもの、桜あんやうぐいすあんを使った季節のあんパンもあります。
 また、典型的な形状は平たい円盤ですが、真ん丸の形状、四角い形状など、様々な形があります。また、ケシの実(ケシの種)、塩漬けの桜の花(ヤエザクラ)、ゴマの実などを飾りに乗せたアンパンもあります。さらに揚げた餡パンや、トーストに餡を挟んだ揚げパンなどもあります。







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