サツマイモ

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更新日:
 2017年1月3日




◎サツマイモ
 サツマイモ(薩摩芋、学名: Ipomoea batatas)は、ヒルガオ科サツマイモ属の植物です。熱帯アメリカ原産の一年生作物です。通常は、この植物の食用部分である塊根(養分を蓄えている肥大した根)を指します。別名とし「甘藷(かんしょ)」、「唐芋(からいも、とういも)」、「琉球薯(りゅうきゅういも)」、「とん」、「はぬす」などがあります。塊根は食用のほか、デンプン、アルコール、焼酎などの原料となります。
 サツマイモは、メキシコを中心とする熱帯アメリカで生まれました。紀元前800~1000年ごろには、中央アンデス地方でサツマイモが作られていたそうです。紀元前200~600年に作られた、サツマイモをかたどった土器も見つかっています。これは、ペルー北海岸のあたりで栄えたモチーカ文化のものです。
 15世紀の終わりにコロンブスがアメリカからヨーロッパに持ちかえったのがヨーロッパに伝わった最初です。しかしながらヨーロッパの気候は南米よりも寒かったため、気候があわず、あまりつくられなかったようです。しかし、暖かいアフリカ、インド、東南アジアの植民地に持ちこまれたことで、世界中に広がりました。
 さらにスペイン人やポルトガル人が東南アジアに持ちこんだようです。その一方、東南アジアには、熱帯アメリカからポリネシアの島々経由で持ちこまれたという説もあります。
 日本には、中国経由で伝わったとされています。16世紀末にルソン(フィリピン)経由で中国福建省に伝わったそうです。甘藷を中国から琉球に初めて伝えたのは野国総管という人物だそうです。野国総管は1605年、中国福建省より甘藷の苗を持ち帰り、野国村(現在のカデナマリーナ付近)で栽培を始めたそうです。これを知った儀間真常が野国から栽培法を習い、それを琉球に普及させたそうです。
 1705年に前田利右衛門という人物が、この甘藷を薩摩に持ち込み、それが全国に普及していったと言われています。全国に普及したきっかけは、八代将軍、吉宗の時代、蘭学者の青木昆陽が1735年に「蕃薯考(ばんしょこう)」を著し、救荒作物として普及に努めたことによるそうです。
 もともとは唐(中国)から伝わった芋であることから「唐芋(トウイモ・カライモ)」や、琉球を経由して広がったことから「琉球薯(リュウキュウイモ)」と呼ばれていたようです。青木昆陽が広めたとすると「蕃薯(ばんしょ)」がサツマイモの意味ですので、「蕃薯」という名称で落ち着きそうですが、何故、「サツマイモ」になったのでしょうか。何となく、腑に落ちません。誰か、理由が分かる方がいたら、教えてください。





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